愛されたい男たちは仮想の夜を生きるか|VRChat考察

はじめに

VRChatという仮想空間で起こる”お砂糖関係”──それは互いに優しさや甘えを交わし合う関係性を指し、同性同士で見られることも珍しくない。この現象は外部から見るとニッチで理解しがたいものに映るかもしれない。
しかしこの関係性の背後には、現実の社会構造からあぶれた感情や性欲の受け皿という非常に構造的な意味がある。

ここではなぜVRChatにおいて男性同士のお砂糖関係が多く見られるのか、そしてそれが現実のどのような構造にリンクしているのかを考察する。

男性性と抑圧された情緒欲求

現代社会における男性は、感情を抑え、強くあり続けることを求められる存在だ。「甘えたい」「優しくされたい」「存在をまるごと受け入れられたい」という根源的な欲求があったとしても、それを素直に表に出すことは許されない空気がある。

とくに恋愛や性愛の場において、男性は「選ばれる側」になりにくい。マッチングアプリのような市場構造では、承認やスキンシップはごく一部の”勝者”に集中し、それ以外の男性には機会すら訪れない。だが、欲求そのものは消えることがない。むしろ抑え込まれたそれは、行き場を求めて仮想空間へと流れ込む。

VRChatという“感情の解放区”

VRChatの持つ最大の特徴は、「見た目も性別も振る舞いも、完全に自由に選べる」ことだ。
アバターをまとうことで現実ではできなかった言動が可能になり、羞恥心や社会的制限が取り払われる。

たとえば女の子のようなかわいいアバターで優しくされたり甘えたりする。
それをしているのは実際には男性同士だとしても感情の回路は本物だ。
その関係性が継続され、成長やケアのやり取りが生まれると、もはや一時的な逃避ではなく”情緒的インフラ”として機能しはじめる。

ここでいう”情緒的インフラ”とは感情のやりとりが定着し、継続的に相互承認や癒しを供給する仕組みが構築されている状態を指す。
これは単なる偶発的な関係ではなく、感情的な支え合いが日常化することによって人が安心して心を開ける場としての安定性を持ち始めることを意味している。

お砂糖関係とは何か?

VRChat内で多く見られる”お砂糖関係”とは恋人未満とも友情以上とも言える関係性だ。
優しい言葉をかけ合い、日常の小さな出来事を共有し、ときに甘える。
性的要素が入ることもあるが、中心にあるのは”情緒的な承認”である。

この関係性は最初に逃避的な要素を持っていても、しだいに当事者のなかで現実への態度や自己肯定感に変化をもたらす。現実では満たされなかった「愛されたい」「大切にされたい」という欲求が仮想空間でなら確かに応答されるからだ。

なぜ男性同士なのか?

女性との関係で甘えや承認を得るには現実ではハードルが高い。
恋愛市場においても競争が激しく、多くの男性にとっては甘えや情緒的なつながりを築く機会が限られている。

しかし、男性同士ならどうか?
同性であるがゆえに、共通するつらさや抑圧を直感的に理解できる。
しかも、アバターやボイスチェンジャーを通じて現実の性別や姿形を超越することができる。

これは単なるBL文脈ではない。
もっと原始的で人間の根源的な”癒し”と”共感”に基づいた相互承認の構造である。
だからこそ、VRChatでは男性同士のお砂糖関係が自然に発生しやすい土壌がある。

愛情の循環装置としてのVRChat

注目すべきは、この現象が”仕方なく”起こっているわけではないということだ。
互いに選び、甘え、癒し合い、優しくなる。
この関係性の中で人は「また誰かにやさしくなれる自分」を回復していく。

これはVRChatという場が単なる娯楽や逃避ではなく「現実の感情構造からあぶれた人々が、再びつながるためのインフラ」になりつつあるということを示している。

仮想の夜は現実の朝につながるか?

愛されたい男たちは仮想の夜に生きる。だがその夜は現実と断絶された虚構ではない。
むしろそこは感情の接続を取り戻すための静かな回路であり、新たな社会性の萌芽でもある。

私たちはこれを”奇異”と見るか、それとも”回復のプロセス”と見るか。
仮想の中で紡がれる愛情の形は
やがて現実の孤独と結びつきながら
少しずつ社会の輪郭を変えていくのかもしれない。

酉咲(とりさき)

動画でご飯を食べてる一般人です。

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